フリーランス親父を社長と呼ばないで

零細生業パパママ経営の自家焙煎コーヒー豆小売専門店を営んでいるのですから、間違いなく高齢のフリーランス(自営業者)だと自分自身は思っています。高齢ですが、まだ年老いたフリーランスの領域には到達していません。

税金の申告区分は青色申告ですが、例え、社会システムの関係から合同会社のカタチに変更したとしても、今の営業形態に変化がなければフリーランス(自営業者)だと考えています。

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だから、「社長」なんで呼ばれると違和感を覚えてしまいます。というよりも、嫌悪感を覚えるわけです。

最近は、「社長」と呼ばれることが無くなっているのですが、10年くらい前(2010年前後)まで、度々「社長」と呼ばれることがあったわけです。

例えば、近くの飲食店にお昼ごはんを食べに行って、「社長」と声をかけられたりすると、ものすごく嫌悪感を覚えて、その店へ足が向かなくなってしまったりします。

 

20年くらい前 (2000年前後)のこと、「社長」と呼ばれるのが嫌なので、「社長と呼ばないで苗字で呼んでください」とお願いしても、「社長は社長ですよ」と取り合ってくれなかった信用金庫とコーヒー生豆の仕入先と損害保険の代理店さんとは、その後、取引関係を解消したことがあります。昔から、「社長」と呼ばれるのが、ものすごく嫌でした。

 

20年前、フリーランスやフリーランサーという言葉は、まだ存在していなかったか、ほとんど知られていなかったのですが、パパママ経営の零細生業商店は、間違いなくフリーランスで、そこのおやっさんはフリーランサーです。

自分で自分を雇用している自己雇用者のフリーランサーを「社長」と呼ぶなんて、何となく馬鹿にされていると感じるのは理にかなっているはずです。

「社長と呼ばないで」とお願いしているのに、「社長は社長ですよ」と要求を無視されたりすると、明らかに馬鹿にされていると感じるわけです。

 

イメージによると、どのような小さな会社の経営者でも、社長と呼ばれている方は、皆一生懸命に、自分の時間のほとんどを会社の経営に使っているわけです。

そして、好き嫌いで仕事を選択するのではなくて、儲かるか儲からないかで仕事を選択しているはずです。

 

パパママ経営の零細生業個人商店(フリーランス)のエカワ珈琲店は、1日の実働が数時間程度で、ストレスのを感じる嫌な仕事は出来るだけ避けることにして、自分たち好みの仕事にだけ精を出しています。それに、個人法人(例えば、20年前なら有限会社、現在なら合同会社)でもありません。

ということですから、絶対に「社長」と呼ばれる資格が無いわけで、それでも「社長」と呼ばれたりすると、どうしても馬鹿にされているように感じるわけです。

 

「三丁目の夕日」の時代でもあるまいし、21世紀になっても、零細生業の個人商店主を「社長」と呼ぶなんて信じられないことですが、時々、そのような時代錯誤な現象に出会うこともあったのが2010年前後までのことで、2019年の現在、「社長」と呼ばれることが皆無になっています。

フリーランスという用語が、ごくごく一般的な用語になったからだと考えています。

 

でも、パパママ経営の零細生業個人商店の親父さんが「社長」と呼ばれていたのも、一理あったのかもしれません。

20年前も、10年前も、現在(2019年)も、パパママ経営の零細生業個人商店の親父さんですが、社会システム的には、経営者に分類されているわけですから。

パパママ経営の零細生業個人商店の親父さんは、自分で自分を雇用している労働者に分類されるべきだと思うのですが、何故か、経営者に分類されています。