年老いた珈琲豆焙煎屋のブログ

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「いらっしゃいませ」と「ありがとうございます」

「いらっしゃいませ」、「ありがとうございます」、この二つの言葉ですが、常に消費者と接している小売商人には絶対に欠かせない言葉です。

「いらっしゃいませ」と「ありがとうございます」、この2つの言葉が存在しない商店で、現在の消費者は買い物をしてくれません。

でも、昭和の30年代40年代の頃までなら、この2つの言葉が存在しなくても繁盛している店が数多くあったわけです。

 

ひどい話では、お客さんに悪態をつくのが売り物みたいな店でも、結構、繁盛していたわけです。で、そのような店の商品の品質ですが、並か並以下の店が多数だったように記憶しています。

ようするに、「売ってやっている」という経営スタンスが通用する時代だったのかもしれません。

 

「モノ不足」、需要が供給を上回っている時代だったからとも考えられるのですが、お金を出せば、ほとんど何でも手に入れることができたわけですから、それだけが理由だとは思えません。

当時でも、値段の高い商品やサービスを提供している店舗では、「いらっしゃいませ」や「ありがとうございます」が当たり前だったわけです。

 

ということで、半世紀前なら、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」という2つの言葉がなくても繁盛していたのに、現在では繁盛できないわけで、それは何故なのだろうかと、ここ10年近く、時々ですが、考えていました。

 

そして、最近ですが、おそらく、こういうことだろうと考えるようになりました。

どういうことかと言うと、半世紀の間に、『文化』が変わってしまったのだと考えるようになったわけです。

 

「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」は、小売商売での『儀礼』的行為です。

『儀礼』とは、その文化の象徴みたいなモノで、その時代、その地域によって微妙に変化するモノなのだと思います。

 

『消費』イコール『文化』なのですから、その属する『文化』を無視しては、商売が成り立たないと言うことで、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」が当たり前の時代になっているのだと解釈することにしました。